1980年12月8日

今から38年前の今日、ジョンはニューヨークの自宅アパート・ダコタハウスの前で射殺されました。当時40歳。世界中が震撼した歴史に残る事件のひとつです。奇しくも殺害される3週間前に新曲「Starting Over」を発表したばかり。詩とは裏腹に、ジョンは逝ってしまいました。

毎年この日は、一個人から有名人まで、世界中の人がそれぞれの思いをブログやコラムで書いています。そこにはジョンの平和に対する思いや、彼の残した素晴らしい楽曲についてたくさんのことが綴られています。それらは、もう語り尽くされており、今更ここで改めて述べることも無いでしょう。そこで今回は少し違う角度からジョンを考えてみたいと思います。

思うのは、ジョンは最高の”仕事”をしたということです。それは、自身の音楽活動において、ビートルズの可能性を余すことなく引き出したということです。ポールにしても、ジョージにしても、リンゴにしても、もっと言えばブライアン・エプスタインやジョージ・マーチンにしても、ジョンがいなければあそこまでの栄光を手にすることは無かったでしょう。ジョンはビートルズにかかわる人々のポテンシャルを汲み取り、それを”カタチ”として引き出す能力に長けていたのでしょう。

それは現代における、いわゆる「リーダーに求められる資質」です。繊細で大胆で知的で、カリスマもありウィットもある。ずば抜けて優れた原料を編み出す才能がある。そしてその原料を製品化させるために必要なモノを、余すことなく役立てる能力もある。彼が目指すものがたとえ音楽ではなくても、きっとビートルズと変わらない現象が起きていたに違いありません。ジョンが本当に素晴らしかったのは、要するに「凄まじいビジネスセンスが備わっていた」ということかも知れません。

若かりし頃ジョンに憧れた男性は、一度は思ったことがあるでしょう。こんな面構えの40歳になりたい、と。さて、鏡に映る”自分”は、どうだろう?

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